No.0060 師
その1「師の言葉」
私は子供の頃、習字教書に通っていました。なにぶん小さい頃なので何もわからず、ただ通っていました。でも少しずつその面白さに引き込まれていきます。
そして、突然の別れを迎えます。親が引っ越しを決めたのです。都会のアパート暮らしから田舎の一軒家に。
先生は別れの最後の言葉を私に告げます。
「書を続けなさい」
引っ越した先は見渡す限り何もない所、買い物ですら2キロ先!当然習い事や教室はありません。
習字を続ける方法がありません。教室が無いのですから。学校を卒業し、社会人になって、忙しく暮らす日々、時折思い出すのです。先生の言葉を。
インターネットに書道教室のページが書かれるようになりました。そのサイトを覗くのですが何故か心が動きません。
動画サイトを見ると色々な方が書を書いているのですが、なんとなく違和感しかありません。
どこか良い教室はないかなぁ、どこかいい先生はと漠然と探すも簡単には見つかりません。
心が動かない、違和感の原因がわかりました。書法が違うのです。私の学んだ書とは違うものばかりでした。
サイトを見て驚いたのは、中には筆の持ち方がいわゆる「鉛筆持ち」のものまであるのです。子供の頃、ずいぶん修正された記憶があります。
運筆もまるで違う。逆に不思議に思います。私の先生は誰(だれ)?、何者?
私の先生は結構なおじいちゃんでした。顔も名前も覚えていません。でもその時の言葉だけが心に残っているのです。